■縄文時代
■縄文時代■


1.縄文文化の成立
 (1) 完新世への移行(約1万年あまり前)      ※以下、従来的な学説で説明
完新世への移行
   ※縄文土器の出現と気候の温暖化とは必ずしも一致しなくなってきている
 (2) 縄文文化の成立
  A.土器(縄文土器)の出現…食生活は劇的に変化
   (a) 食料の多様化(食料となるものの増大) ←植物相の変化による植物性食料の増大
   (b) 保存食の製造…例:干し貝  → 貝塚の出現
   (c) 食品の殺菌、離乳食・老人食・病人食の調理 →幼児死亡率の低下、平均寿命の増大 →文化の伝承
  B.弓矢の出現…動きの早い、中小型の動物を射るため ←動物相の変化
  C.磨製石器の出現…木の伐採の効率化 → 建築技術・木材加工技術の発達
 (3) 縄文土器
  A.縄文土器の特徴(傾向)…細かいことを弥生土器と比較してもあまり意味がない
   (a) 表面に縄目(撚糸)の文様がついていることが多い
   (b) 低温焼成(野焼き) →黒褐色系、比較的軟質
   (c) 厚手のものが多い
   (d) 大型のものが多い、主な形態は深鉢形、様式は確立せず ←煮沸に適した器形
  B.縄文土器の年代観と時期区分(6区分)   ※最古の縄文土器…約1万6000年前?、世界最古?
縄文土器の年代観と時期区分
  C.さまざまな年代測定法(参考)
   (a) 放射性炭素14C年代測定法…物質中の14Cの量を測定、半減期は約5700年
   (b) 年輪年代測定法…日本では現在約2500年程度遡ることが可能
   (c) その他…さまざまな方法あり
    ・カリウムアルゴン(K-Ar)年代測定法、フィッショントラック年代測定法、
     熱ルミネッセンス年代測定法、熱残留磁気年代測定法、ほか


2.縄文時代の生活
 (1) 生業
  A.狩猟…弓矢、落とし穴 →対象はシカ、イノシシなど
  B.漁撈 ←縄文海進の結果遠浅の海が広がった
   (a) 貝塚…貝などの堆積、ごみ捨て場、馬蹄形、(干貝製造の産業廃棄物処分場説あり)
   (b) 骨器の使用…釣針、銛、やす
   (c) 網の使用…石錘、土錘
   (d) 丸木舟の使用…伊豆大島や八丈島などの島にも遺跡  (→海外へ?)
  C.植物性食料の採取…クリ・クルミ・トチ・ドングリなどの木の実、ヤマイモ
   ・石鍬(従来は打製石斧とよばれていた)、石皿・すり石の使用など
   ・トチやドングリは灰汁抜きが必要
  D.縄文農耕論
   ・青森県三内丸山遺跡(前期〜中期)…約1500年間も集落が継続、栗の栽培など
   ・豆類・エゴマ・ヒョウタンなどの栽培、クリ・クルミなどの管理栽培の可能性あり
   ・晩期には北部九州で水田耕作開始
      →後期(中期)からの可能性もあり ←籾の圧痕のある土器やイネのプラントオパールから
 (2) 住居・集落
  A.竪穴住居(竪穴式住居)…炉の存在、一時的には洞穴にも居住
   (a) 高床式建築物の検出が相次ぐ…例:三内丸山遺跡(青森県)、桜町遺跡(富山県)など
  B.集落
   (a) 日当たりのよい水辺に近い台地上
   (b) 住居の分布環状、馬蹄形を呈する
   (c) 貯蔵穴、墓地、集会所などの存在
   (d) 4〜6軒、20〜30人の集団
  C.墓地
   (a) 共同墓地に埋葬
    ・貝塚への埋葬も多い → 人骨の遺存状況がよい
    ・平均寿命は30〜35歳程度か、乳幼児の死亡率は高い
   (b) 屈葬
   (c) 副葬品に差が余りみられない →統率者はあっても、身分の上下・貧富の差はない(一応)
 (3) 交易…広範囲な交易圏の存在
  A.黒曜石(天然ガラス)
   ・産出地:十勝岳・白滝(北海道)、和田峠(長野県)、神津島(東京都)、隠岐(島根)、
    姫島(大分県)、腰岳(長崎県)
   ※産出地ごとの特徴あり、目視でも産地を判別可能
  B.サヌカイト<安山岩の一種>…産出地:五色台(香川県)、二上山(奈良県)
  C.ひすい(翡翠)…産出地:姫川(新潟県)のみ
 (4) 精神生活
  A.精神生活…アニミズム(自然物・自然現象に霊威を認める)
  B.呪術的風習
   (a) 土偶…女性を象徴、入れ墨の存在
   (b) 石棒…男性を象徴
   (c) 土面…入れ墨の存在、耳環
   (d) 土版
   (e) 抜歯、叉状研歯…通過儀礼
   (f) 屈葬    ※弥生時代以降は伸展葬が基本
 (5) 主な縄文遺跡
  A.主な遺跡
   (a) 大森貝塚(東京都)…1877(M10)年、モースによる日本初の考古学的発掘、日本考古学の発祥の地
    ・1877(明治10)年9〜11月、エドワード=モース、大森貝塚(大森貝墟、東京都)を発掘
                               → 近代日本考古学発祥の地
     ※発掘の最初
       水戸光圀(佐々木助三郎、渥美格之進らも)による栃木県上侍塚・下侍塚(前方後方墳)の発掘
     (b) 夏島貝塚(神奈川県)…放射性炭素14C年代測定法では約9000年前
   (c) 上黒岩遺跡(愛媛県)…縄文草創期、C14測定では1万2000万年前
   (d) 津雲貝塚(岡山県)…160体以上の人骨が出土
   (e) 鳥浜貝塚(福井県)…「縄文文化のタイムカプセル」
   (f) 尖石遺跡(長野県)…縄文中期農耕論
   (g) 大湯環状列石(秋田県)…最も有名な縄文時代の環状列石
   (h) 亀ヶ岡遺跡(青森県)…縄文晩期、亀ヶ岡式土器
   (i) 姥山貝塚・加曽利貝塚(千葉県)…代表的な貝塚、千葉県は貝塚がとくに多い
   (j) 三内丸山遺跡(青森県)…最大級の縄文遺跡、楼閣の存在、縄文前期〜中期
  B.遺跡からわかること
   (a) 東日本に縄文遺跡が多い…縄文文化は東日本中心の文化
   (b) 後期には遺跡数が減少…後期には縄文文化は行きづまり、人口も減少か
 (6) 世界史から見た縄文時代の独自性…新石器時代(磨製石器あり)ながら本格的な農耕が見られない
    ・旧石器時代≒打製石器のみ ≒狩猟・採集の略奪経済
    ・新石器時代≒磨製石器の出現≒農耕・牧畜の生産経済   ※日本の場合、牧畜は現代まで欠落
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